思いついたことに気を取られる自分のために、AIと一緒にアプリを作ってみた
「今すぐこれをやろう」と決めた瞬間に、段取りや前提条件や、ついでにやっておきたい改善案まで一気に頭に浮かんで、結局そのどれにも手をつけられないまま時間が過ぎている。気づけば、最初に「やろう」と思ったことすら忘れている。
この癖と、もう何年も付き合ってきました。今回、その癖そのものを解決する道具を、Anthropic社の対話型AI「Claude」と対話しながら、コードを一行も自分では書かずに作ってみました。これはその記録です。
困りごとの正体

「今すぐやろうと思ったこと」に取りかかった直後、段取り・関連タスク・改善案が同時に湧いてきて、気を取られているうちに本来やりたかったことを忘れてしまう。
実はこれ、ADHD(注意欠如・多動症)の特性のひとつとして知られている、ワーキングメモリの弱さや注意の転導性と非常に近い状態です。頭の中で複数のことが同時に動き出すと、最初に置いていた情報が押し出されてしまう。本人には「やる気がない」「集中力がない」と感じられますが、脳の情報処理の仕組みそのものの問題であり、努力や根性では解決しにくいことがわかっています。
障がい者支援員として学びを重ねていく中で、こうした特性のことを知るようになりました。そして、「これは自分自身にも当てはまるのかもしれない」と感じる場面が、実は少なからずありました。ずっと「自分の能力不足」だと思ってきた困りごとに、もしかしたらADHD傾向が絡んでいるのかもしれない、と。支援の現場で「本人の能力不足ではなく、使っている道具が合っていないだけ」という場面を繰り返し目にしてきた経験が、自分自身を見る目も変えていきました。
AIに相談したところ、認知科学にも近い概念があると教えてもらいました。ひとつはツァイガルニク効果。終わっていないことは、終わったことよりも記憶に残りやすく、頭の中で「気になり続ける」。もうひとつはアテンション・レジデュー。ひとつの考えに区切りをつけずに別のことへ移ると、前の思考の残響が今やっていることへの集中を妨げる。どちらも、多くの人が陥りやすい、ちゃんと名前のついた現象です。「自分の能力不足では」とずっと思っていたのですが、それを知れただけでも、今回AIと話してみた価値があったと思っています。
ポモドーロタイマーや「頭の中を全部書き出す」系のアプリは世の中にたくさんあります。でも、注意が転導しやすい特性を持つ人にとって必要なのは、「気になったことを素早く、今やっていることを中断せずに、安全な場所に置き去りにできる」仕組みです。「今やっているタスク名に紐づけて退避メモを残し、短期保管と長期保管の二段階で仕分け、中断しても時間を引き継いで再開できる」——そんな道具が見つからなかったので、作ることにしました。
鉄道に例えるという思いつき

製造業出身の私には、「段取り」「改善」という言葉がもう体に馴染んでいました。AIとそんな話をしているうちに、「脱線」という言葉が出てきました。タスクから気が逸れることを、ネガティブな「失敗」としてではなく、鉄道の運行管理のように「待避線に安全に止めておく」というポジティブな行為に変換できないか、という話になり、そこからこのアプリの骨格が決まりました。
今やっていることが「本線」。気になった考えを一時的に置いておく場所が「待避線」。すぐにはやらないけれど数日後にまた取り組みたいことを置く場所には、最初「留置線」という名前をつけました。
ところが、これが一般的には伝わりにくい名前でした。鉄道好きの人には自然な言葉でも、知らない人が見ると「留置場」(警察の拘束施設)を連想してしまうかもしれない。AIにそう指摘されて、思わず笑ってしまいました。長く保管しておく場所を、拘束されている場所だと誤解されては困ります。最終的に「車両基地」に改名しました。こういう、地味だけれど大事な言葉選びを何度もやり直したのも、今回の開発の一部です。
AIと作るというのは、こういう感じだった
「AIにアプリを作ってもらう」というと、お願いしたら一発で完成品が出てくるイメージを持たれるかもしれません。実際はそうではありませんでした。
たとえば、待避線にある考えを「車両」のような見た目で表現しようと思いつき、車両の屋根に小さな菱形の飾り(リベット)を浮かせて描きたいとお願いしたことがありました。一度は実装されたのですが、実際にスマホで確認すると、表示されているはずの飾りがどこにも見当たりません。原因を探っていくと、CSSの背景位置の指定方法が曖昧で、ブラウザによって解釈が割れていたことが分かりました。さらに別の箇所では、浮かせた装飾が要素の外側にクリップされて見えなくなる、という問題も重なりました。何度か直しては写真を送り、また直しては写真を送り、最終的には「浮かせるのは諦めて、屋根に少し重なる安全な位置に戻す」という、現実的な妥協に落ち着きました。
機能面でも、使ってみてから気づくことがたくさんありました。最初、タスクを中断するボタンは「やめる」という名前で、押すとそのまま記録に確定される一方通行の操作でした。でも実際に使っていると、「一度始めたタスクをやめてしまうと、二度と戻れないのは困る」と感じる場面が出てきました。それを伝えると、経過時間を保持したまま本線から退避し、後で続きから再開できる「中断」という新しい状態が生まれました。
逆に、うまくいかなかったものもあります。本線から離れた時に気づけるよう、ブラウザの通知機能を実装してもらったのですが、Android Chromeでは許可の場所が分かりにくく、Windows Edgeでは許可しても反映されないという不具合がありました。ブラウザ間の差が大きすぎると判断して、この機能は潔く削除しました。
一つひとつは小さな話ですが、こうしたやり取りの積み重ねが、今のアプリの形を作っています。
実際に使うと、こんな感じです
説明だけだと伝わりにくいので、実際の画面で一連の流れを見てみます。例として「溜まった郵便物を整理する」という、後回しにしがちな小さな用事を取り上げます。

まず「今すぐやることは?」に一言入力するだけです。声で話しかけてもいいので、思いついた瞬間にタイムロスなく書き留められます。これだけで、「次に何をすればいいか」を考える時間そのものがなくなります。

入力した瞬間からタイマーが動き始め、画面には今のタスクだけが表示されます。他の選択肢が目に入らないので、「次は何しよう」という迷いが起きません。

作業中に「あ、病院の予約も取らなきゃ」と思いついても、「+ちょっと違うことを考えた」から一言と種類を選ぶだけで、その場に安全に置いておけます。考えを手放すのに数秒もかかりません。これが、思いついたことに気を取られて本来の作業を忘れてしまう、という困りごとへの一番直接的な答えです。

タスクが終わって次に何をするか迷った時は、待避線や車両基地に置いてきた考えがそのまま候補として並びます。「さっき何か思いついたはずなのに、何だったか忘れた」ということが起きません。

作業中に、自分が今どれだけ気を取られているかが、数字としてそのまま見えます。

経費精算のような後回しにしがちな用事も、途中で他のことに気を取られても、中断すればそれまでの時間を保ったまま戻ってこられます。「やりかけて中断した」状態が、罪悪感ではなく、ただの一時停止として扱われるのが大きいところです。
このアプリが改善するのは、「やろうと思ったことを最後までやり切る力」そのものではありません。やり切れなかったときに、自分を責めずに済む仕組みを作ることです。途中で気が散ること自体は無くならなくても、気が散った内容を安全に保管し、後で必要な分だけ向き合えるようにする。それだけで、目の前のタスクへの心理的なハードルがかなり下がります。
特に向いていると感じるのは、
- 思いついたことを一旦書き留めないと気が済まないが、紙のメモのような手段が自分には合わなかった人
- 在宅勤務やフリーランスなど、誰にも管理されない環境で自分のペースを保つ必要がある人
- 後回しにしがちな雑務(経費精算、確定申告の書類集めなど)に、ちょっとした後押しが欲しい人
- 思考が多動的になりやすい自覚がある人
逆に、すでに自分に合ったタスク管理の仕組みを持っている人が、わざわざ乗り換える必要はないと思います。これは「既存の方法がうまくフィットしなかった人」のための道具です。

ある程度使ってみると、こんな記録が残ります。完了10件、中断1件、脱線15件。脱線の数自体を減らすことは目指していません。脱線した内容がどこにも消えずに残り、後でちゃんと向き合えていることの方が、自分にとっては意味のある数字です。
使ってもらうまでの、もう一つの壁
アプリが動くようになっても、それを誰かに使ってもらうまでには、もう一段越えなければいけない壁がありました。
最初に作っていた保存の仕組みは、私がこの開発に使っていたAIサービス専用のものでした。つまり、私の環境では動くけれど、知人がそのままブラウザで開いても、何も保存されない状態だったのです。標準的な保存方式に差し替え、世界中のエンジニアが使う開発者向けサービス「GitHub」が無料で提供しているGitHub Pagesという仕組みを使って、URLひとつで誰でも開けるところまで持っていきました。
それでも一つ、ちょっとしたミステリーがありました。アプリ内に使い方ガイドへのリンクを置いたのに、クリックすると「ページが見つかりません」というエラーが出る。ファイルは確かにアップロードされている。リポジトリを確認しても、コミットもきちんと完了している。結局、原因はブラウザのキャッシュでした。古いタブを開きっぱなしにしていたせいで、更新が反映されていなかったのです。新しいタブで開き直したら、何の問題もなく動きました。技術的なトラブルの多くは、最後はこういう地味な原因に行き着くものだと、改めて実感しました。
この経験から見えたこと
私はどうしても一人で考え込みすぎてしまい、周りの人との熱量の差に消耗してしまうことがあります。作り込んでから「どうですか」と聞いて、期待外れな返答をされるよりも、早い段階で人に触ってもらって、軌道修正を重ねながら作っていく方が、自分には向いているのかもしれないと、この開発を通じて気づきました。
困りごとを言葉にして、形にして、人に使ってもらう。この一連の流れ自体が、キャリアの棚卸しをした時に見えてきた「自分で物を作り、仕組みを組み立てることへの適性」を、実際に手を動かして確かめる機会になりました。完璧を目指して一人で抱え込むより、小さく作って早く外に出す方が、結局は前に進みます。
自分の困りごとは、自分だけのものではなく、誰かの困りごとでもあるかもしれない。そう思いながら、これからも小さな試作を重ねていきたいと思っています。
FOCUS LINE (フォーカスライン)
アプリ本体:https://willvine-jpg.github.io/focus-line/
使い方ガイド:https://willvine-jpg.github.io/focus-line/guide.html
ソースコード:https://github.com/willvine-jpg/focus-line
参考・このプロジェクトで使ったツール
- Claude(Anthropic社の対話型AI):https://claude.ai/
本文中で触れた通り、今回の開発はすべてこのAIとの対話で行いました。 - GitHub(開発者向けのコード管理・公開サービス):https://github.com/
無料のGitHub Pages機能を使って、アプリと使い方ガイドを公開しています。

